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空のパイプ

ある日の午後の散歩の途中の出来事。
ふと見上げた空に小さな「点」が現れたかと思うとぐんぐん成長して「くちびる」になった。
呆気にとられていると一瞬の間をおいて、瞬きした隙にくちびるはパイプを銜えていた。
そして三、四回煙を吐き出した後、突然二つとも消えてしまった。

急いで部屋に戻って百科事典で調べると、どうやら雲が作られる過程に遭遇したものらしい。


IMGP5071-1b.jpg

空のパイプ
PENTAX K-7, DA 35mm MACRO Limited



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昼空準備官

何年か前、深夜に散歩をしていると翅に空の写真をプリントしたような奇妙な蝶が飛んでいるのを何度か見かけたことがあった。不審に思って調べてみたところ、それは近所のアパートの2階の一室から飛んできているようだ。好奇心を抑えきれない私は、ある夜(非常識な時間ではあったが)、意を決してその部屋のドアをノックしてみたのだが…

出てきたのはこれと言って特徴のない男だった。年齢も不詳。
Anonymous と言う形容詞が頭に浮かんだ。

私:「不思議な蝶のことで…」
男:「空の蝶をご覧になったのですね」
私:「空の蝶?」
男:「正確には昼空の蝶。普通は見えないはずなんですがね」
私:「それは一体?」
男:「ここで立ち話も何ですので、お入りください」

招き入れられた6畳の部屋は小ざっぱりと整頓されていたが、なぜか窓が開け放してあった。その窓際の小さな文机の上には開いたスケッチブックが見える。男が教えてくれてた内容をかいつまんで言うと、こんな具合だ。

男(名前については秘すことにする)の職業は「昼空準備官」。
文字通り昼の空を夜の間に準備するのがその任務だ。

問題はその準備の仕方で、これが何とも不思議。
用いるのはスケッチブックと色鉛筆、たったこれだけなのだ。
もっとも、そのどちらも「特殊」なものらしい。
どう特殊なのかは秘密のようで聞くことはできなかったのだが…

とにかくそのスケッチブックにその色鉛筆で翅(や胴体)が空になった蝶の絵を描けば良いらしい。
慣れれば落書きのような簡略化したものでも空が描かれていないものでも大丈夫。
描かれた蝶は実物となって上空にまで飛んで行って、明日の昼の空の素材となるらしい。

空は広いので必要とされる蝶、それを描く係官の数も大変なもので、東京だけでも300人いて毎晩平均して150匹の蝶を用意しているという。

ここで、思わず「たったそれだけ?」と聞いてしまったのだが、後から考えると話全体の荒唐無稽さは問題にせず、細部に拘っているのが可笑しい。

とにかく私が見たのは彼らが放った蝶の姿をした空の素ということになる。

最後に男は「俄かには信じられないでしょうが」と言いながら、スケッチブックにササッと一匹の蝶を線描してみせてくれた。見る見るうちにそれに生命が宿り、最後はまるでシールのようにペロンとページから剥がれて音もなく夜の闇の中へ飛び去った。

遠くで新聞を配るバイクの音が聞こえた気がしたので、実はもう明け方近くになっていたようだ。あと少し仕事が残っているらしい男に丁寧に礼を言うと部屋を後にした。

お話はこれだけ。
その後空の蝶が見えたことはない。
ただ、仕事に追われて徹夜をしている時など、今この瞬間にもせっせと蝶を描いているであろう300人(全国では何人だろう?)の昼空準備官を想像するだけで愉快な心持になることもある。



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不思議な夜(昼空準備官)
CANON PowerShot G11


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100の落ちた月

45億年も前から上空にあって夜毎、地上の出来事を眺めてきた月は、自らの好奇心を抑えきれずに地上に降りてくることがある。地上の我々からみればこれは月の墜落ということになる。

19世紀末のイギリスでこのことに興味を持った一人の男があった。名前をウィリアム・ムーン (William Moon) という。もっともこれは偽名であろう。彼は、古今東西の文献を渉猟して月の墜落の記録を集め一冊の研究書を出版した。タイトルは『100の落ちた月 (Hundred Fallen Moons)』。1896年、ロンドンでのことである。この本のユニークなところは100件の事例について、文献から墜落した月の挿絵を抜き出して一冊の絵本にしたことである。落ちた月の絵のみが100枚も並んでいる本書は世紀末の奇書として知られているが、残念なことに一冊も実物が残っていない。我々は同時代の書物に散見される引用を通しておぼろげにその内容を想像するしかないのである。しかし、そういうところもこの青白く光る静かで控えめな天体には似つかわしいと言えなくもない。

さて、ウィリアム・ムーンは月の墜落図を集める過程で面白いことに気づいた。それは落ちた月は必ず三日月であったという事実である。彼はその理由を次のように説明している。遥か上空から地球を眺めている月は地球が丸いことを知っている。そこにまんまるの月が落ちていくとどうなるか。コロコロと転がって止まらなくなってしまうのではないか。そう考えた賢い月は、地球に落ちるのは三日月の時だけにしようと決めているということだ。三日月なら地面に刺さることはあっても、回転が止まらなくなることはないだろう。稲垣足穂の『一千一秒物語』を彷彿させる世界観が興味深い。それにしても100枚の落ちた三日月の図、現存していないのが残念である。


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月の墜落
PENTAX K-7, DA★ 50-135mm


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アクアマリンの涙

あくあまりんのなみだ 【アクアマリンの涙】
〔英〕 teardrop of aquamarine
宝石学・民間伝承

それまで泣いていた人が突然泣き止むことがある。このとき当人には何が起こっているのだろう?何か愉快なことを思い出したのかもしれないし、時間をおいて冷静になると泣くことが馬鹿らしく思えてきたという場合もあるだろう。しかし、泣き止んだ本人にも理由が分らず、きょとんとしているというケースはないだろうか。そういう場合は「涙鳥」が現れた可能性が高い。この鳥はごく一部の人にしか見えないのだが、小型の白いハトによく似ているとされる。涙鳥は人の涙が好物で、泣いている人の涙を奪って持ち去ってしまうと伝えられる。そして、涙を奪われた人はそれ以上泣きたくても泣けなくなってしまう。

面白いのは涙鳥は涙を宝石のアクアマリンに変えて持ち去ると信じられていることだ。これを「アクアマリンの涙」という。通常この宝石は涙鳥によってすぐに食べてしまわれるため「最も貴重な宝石」の異名を取る。その割には知名度が低いのは、この石を狙う宝石収集家がライバルが増えることを恐れて情報を隠蔽しているためである。これまでに世界中で確認されているのは1.2~5.6カラットの僅か6つのルースのみであるが、どれもブラジル・サンタマリア鉱山産の色の濃いアクアマリンに似ている。鑑別に有用な特色としては、ルーペで見るとインクルージョン(内包物)の気泡が細長く流れるようにチューブ状になっていることが挙げられる。これはある程度の速度で空中を運ばれたことに由来する。さらに気泡内部に塩水が認められるが理由は言うまでもないだろう。

中世ヨーロッパではアクアマリンは船乗りたちのお守りとして使われたが、アクアマリンの涙は憂鬱に対する特効薬と見なされていたようだ。特に妙齢の貴婦人の涙からできたものが最高の評価であったが、アクアマリンの涙という名前で取引される宝石のほとんどは贋物であった。



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アクアマリンの涙
CANON PowerShot G11


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星箱

ほしばこ
(表記) 【星箱】
(英) star box

星箱というものを見つけたのは、10年ほど前、出張で頻繁に訪れていた関西の地方都市N市の古本屋でのことである。いつも5時に得意先での仕事が終わりホテルに戻ると暇を持て余すことが多く、よく街を散策していたのだが、不思議なことに駅前アーケードの外れにある古本屋にはその日まで気付かなかった。その店は入り口一間ほどで奥に細長く、突き当たりに主人が鎮座しているという古典的な形態で、その主人は意外に若く30代半ばといったところだった。本の品揃えは特に強い個性があるわけではなかったが文学や人文科学系が比較的揃っていたように思う。

で、星箱は日本文学の棚の片隅に唐突に並んでいた。それは一辺が15cmから20cm程度の様々な大きさの四角い黒い箱で、よく見ると蓋が付いていた。一つを手に取ってその蓋をそっと開けてみると箱の底に銀河の写真が見えたのにはちょっと不意打ちを食らった気がした。他のものも調べてみると星座や彗星それに月の描かれている箱もある。意味不明のオブジェではあったが、どこか当たり前の顔をして古本たちに混じっている風情も感じられる。ふと近くの本に目を遣るとそこは稲垣足穂のコーナーであるらしい。それでなんとなく納得した。

店主に声を掛けると、私に話しかけられるとは思ってなかったのであろう、慌てて「いらっしゃいませ」と言ったのが面白かった。店主の説明によればそれは「星箱」というもので、星の光や月光のエッセンスを凝縮して箱に詰めたものだという。底面の写真はそのエッセンスとは直接は関係なく、あくまでイメージであるらしい。蓋を開けておくとエッセンスが少しずつ周囲に放射して月や星の光を浴びるのの何十倍もの効果があるらしい。

「何十倍もの効果というと?」

私がそう質問すると、こちらにやってきて箱を一つ手に取ると蓋を開けて、夜空が描かれている底面が壁のように垂直になるように、平積みにしてある大きな画集の上の置いた。そしてどこからか真っ白な鳥の羽根を取り出して私の目の前に差し出した。鳥の種類は何だろう?くるんとカールしているところが好ましく感じられる。

「この星箱の前にこの羽根を置いてお目にかけます」

凝視する私の目の前で羽根はゆっくりと浮上を始め、数十秒後にはふわふわと宙を舞っていた。

「種も仕掛けもございません」

さらに店主は続ける。

「あいにくここにはございませんが、ハーモニカやオカリナなどの小さな楽器をそばに置くと独りでに美しいメロディーを奏でます。またワインやコクテール、もちろん普通のソーダ水の類でもよろしいのですが、その風味を格段に向上させることでございましょう。読書の際に手元にあるだけで難しい哲学書の内容もたちどころに分るなどの効能もございます。また、私は確認しておりませんが、宝石を箱の中に入れておくとカラット数が僅かに増えるそうでございます」

店主の古風な口上を聞きながら、私の頭にあったのはもちろんタルホの「星を売る店」である。星を星箱に変えてこのファンタジー短編のパロディー(いやオマージュと言うべきか)を演じるこの男は相当なタルホファンのように思われた。愉快な気分になった私は3つの星箱を買って店を出た。値段は確か一つ1000円だったと記憶する。絵柄は彗星、三日月、銀河で、銀河からは巨大な手が出現してマドラーのようなものでコップの中身をかき混ぜていてちょっとシュールな雰囲気だ。これは飲み物によく効くというマークだと勝手に解釈した。ホテルに戻って星箱の包みを解くと一枚の名刺が入っていた。星座をあしらったその青い紙片には「星月塔商會」と書かれていた。古本屋ではなく星箱の製造元の名前であるらしい。

この手の込んだジョークを信じたわけではもちろんなかったが、東京の自宅に帰った私は、手芸用品店で小さな袋に入った羽根を買ってきて星箱の前に置いたり上に乗せたりしてみた。浮遊はしなかった。また、たまに部屋で酒を飲むときにはその味覚上の効果を確かめてみた。しかし、普段あまり飲まない私はそもそも酒の味ってものが良く分からず、あまり意味はなかった。それでも星箱を机の上に置いて過ごす無為な時間はある種の贅沢のように思われた。不思議だったのは星箱を出しておくといつのまにか蝶々が来ていることが何回もあったことだ。私には微妙すぎて感知できない星の光線のエッセンスを感じて、それに惹きつけられたのかもしれない。そう考えると星箱は本物だったようにも思えてくる。その後何回も引越しを繰り返すうちにどこかに行ってしまって今はもう手元にないのだが…「星月塔商會」の住所(東京の北の外れの馴染みのない地名だった)には一度訪ねて行ったことがあるが、雑草が生茂る空き地があるばかりであった。そうなると唯一の手がかりはN市の古本屋であるが、まだあるのかないのか、敢えて調べないでいる。なんだかすべてを曖昧なままにしておきたくて。



IMGP2293-1.jpg

星箱
PENTAX K-7, TAMRON SP AF Di 90mm MACRO


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J.-P. Kuak

Author:J.-P. Kuak
空想写真家、ノラ猫写真家、コラージュ作家。懐かしいものや鉱物も好き。

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