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啓示

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啓示
コラージュ
ベースの写真はPENTAX K-7+DA 21mm Limitedにて撮影。


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テーマ : 加工・合成写真
ジャンル : 写真

秘密の贈り物

来月の個展の準備をしています。
これは展示する作品の一つ。
会場は小さなアンティークショップなので気楽な感じになると思います。
ご案内は近日中に『お知らせ』のコーナーで。


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秘密の贈り物
コラージュ


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あおのはじまり

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あおのはじまり
コラージュ


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忘れられた飛行術

後で詳しく記事を見てみようと思うのですが、エジプトの美術館からゴッホが盗まれたというニュースをラジオでやっていました。絵画の盗難とか贋作というのは、どこかロマンのようなものがあって心が騒ぐのです。不謹慎ですけどね。暇ができたら美術品の盗難史・贋作史を調べたい。

以上、今回の作品とは全く無関係なお話。


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忘れられた飛行術
コラージュ


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「不完全性」についてのメモ

ガラスの中の気泡が好きです。
高度な品質管理の下に生産される現代のビンやコップには、そういう規格外のノイズが混入する余地はないようですが昔のものは気泡があって当たり前。それがまた何とも言えない大らかさと個性を醸し出しています。眺めていて飽きません。

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プレスガラスの気泡
CANON PowerShot G11
(草のモチーフの周りに見えるのは気泡ではなく、元々のデザインです)

なので、初めて稲垣足穂を新潮文庫で見つけて読んだとき、『一千一秒物語』の即物的でドライなファンタジーももちろん良かったのですが、『弥勒』の中のこんなややウェットな一節にも惹かれました。

彼の部屋の窓硝子には、注意すると無数の細かな気泡がはいっていた。その中に一つだけ、スペクトラムの作用をする泡があった。それは視線の角度を変えるたびに、こんな美しい色彩が地上に在ったかと思える程な、豪華な赤色や、透き徹った青緑色や取りわけ彼の大好きな、得も云えぬ高踏的なヴァイオレットに変化した。それは彼が発見した変光星であった。

あるいは、ヒビ。
気泡がガラスにとって異物だとしたら、ヒビは損傷と言えるでしょう。
面白いのは純粋無傷なガラスは視覚的にはほとんど存在しないのと同じだということ。でもそこにヒビが入ると、その存在が顕になります。

ガラスにとっての気泡とヒビ。当たり前のことなんですが、含蓄のある現象だと思いませんか。異物や損傷、言い換えると「不完全性」ということの持つ意味についての。強引な一般化ですが、ものを考えるときの一つの視点にはなりそうです。

自己の不完全性が逆説的にその個性となり、自己の不完全性ゆえに自己の存在が顕著になる。


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不完全性について
CANON PowerShot G11


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測定される夢想家の穏やかな苦笑

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測定される夢想家の穏やかな苦笑
コラージュ:ベースの写真はCANON PowerShot G11にて撮影。


摂取すると見えないものが見えたり、聞こえるはずのない音や声が聞こえるようになる、大抵は非合法の薬物があります。私にはそういうものを使った経験も憧れもないのですが、数年前処方された薬の副作用で、幻覚、幻聴、妄想を体験したことがあります。その具体的内容にはさして意味があるとは思えませんが、極微量の物質が自分の心を、そして心が感じるリアリティーを、激変させる様に驚いたものです。

それと同時に少し逆説的に感じることができたのは通常のリアリティーの「精巧さ」です。自分の周りの現実は実は大掛かりな芝居で、書割を背景に役者が演じているんじゃないか、なんて空想は誰でも一度はしたことがあると思いますが、書割の裏が見えてしまったなんてことはないはずです(笑)私の経験した範囲の幻覚や幻聴は、そういう意味では綻びが見えることもありました。例えばドアが開いて誰かが外に出た音がしたとして、それだけでは本当にそうなのか幻聴なのかは判断できないわけです。でも、すぐにドアのところまで行って開けてみれば確認できます。音が現実のものなら誰かがそこにいるはずです。幻聴ならだれもいない。実際そうやって幻聴を見破ることができました。

しかし、これはこの程度だからできたことかもしれません。基本的には通常のリアリティーがしっかりと残っていて、そこに異物、ノイズとして幻聴が紛れ込んでくる形なので識別しやすいのです。ドアを開けた瞬間そこに誰かがいる幻覚が見えたりすると識別は困難になります。

ある種牧歌的に「ここではないどこか≒現実ではない何か≒空想」を写真やコラージュを媒介に志向する『空想装置』ですが、現実の成り立ちみたいなことを考え出すと分からないことだらけです。(嗚呼、まとまりのない文章!)


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頁の上の形の戯れ

個展に来てくださった方と話していて話題に上ったのですが、写真と映像(映画)って一見似ているようで実は全然別物のように感じます。大雑把に言うと映像には写真にはない時間の流れがあります。時間の流れがあるところ人間は「物語」を要求します。随分以前、リサイクルショップで小さなビデオレコーダーを買って、ちょっとした日常の心惹かれるシーンを撮ってみようと思ったことがありました。例えばやって来る自動車のヘッドライトが次から次へと壁に光と影のパターンを映し出していく光景。単純に視覚的に美しかったのですが、そんな映像が延々と続くのは退屈なのでした。そこには現象や表層のみで伝えるべき意味内容や深みがないから。時間軸上で展開する意味内容を物語と定義すれば、即ち物語がないからということになります。

写真を見る場合、人はもうちょっと親切で、勝手に物語を読み込んでくれます。写真家は物語の断片を作品に忍ばせるだけで十分なのです。さらに言うと、意味とかメッセージとかが全くない表層のみで成立する写真、視覚上の戯れのような写真があってもいいと思います。例えば、北園克衛の写真「プラスティック・ポエム」はその最も成功した一例でしょう。

写真を撮っていると、いつの間にか意味に囚われているときがあって、そういうとき「意味」ってある種人間にとっての牢獄のような存在かもって思います。時々は無意味な写真を撮って、頭の風通しをよくしないとね。

なおここで書いたことは現在の視点からの一般論で、例えば映画が初めて登場したとき、そこには物語りなんてものはなくて、観客は例えばホームに滑り込んで来る機関車や工場の正門から出てくる労働者の群れ、そんなダイナミックな「動き」の視覚的なリアリティに圧倒されたようです。


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頁の上の形の戯れ
CANON PowerShot G11


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暑中お見舞い

暑中お見舞い申し上げます。

暑いですね。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
私の部屋は、部屋に対して明らかに大きすぎる撮影用の照明機材(ライトバンク×2)と大量のガラクタで埋まってしまい、窓が開けられない状態です。しかも唯一の冷房器具は隣の部屋のクーラー。写真の編集するときは汗だくになります(泣)

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暑中見舞い 2010年夏
PENTAX K-7, DA 35mm MACRO Limited


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シャツと帽子とネクタイ

特に意味はありません(笑)


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シャツと帽子とネクタイ
CANON PowerShot G11


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J.-P. Kuak

Author:J.-P. Kuak
空想写真家、ノラ猫写真家、コラージュ作家。懐かしいものや鉱物も好き。

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