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記憶は浜辺に打ち上げられた時間である

IMGP4763-1r.jpg

記憶は浜辺に打ち上げられた時間である
撮影: PENTAX Optio 750Z


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テーマ : アートな写真
ジャンル : 写真

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No title

今日は・・・
その記憶をアートにしている作品展・・・
あまりに記事とのタイミング良いのでちょっとのぞいてみて下さい。

http://shihoinvan.exblog.jp/

なんか凄いね・・・

No title

道標と同じく好きなイメージだにゃ~。ウン,こんな感じがする。クリアーでオイラには分りやすい。

漂うもの

こんばんは。おじゃまします。

記憶は海を漂うのでしょうか。
深海は潜在意識。子どもの頃、月よりも深海を制覇できないテクノロジーってなんじゃい?
と思ったこともありました。漂い流れ着いたもの、それは一体何なのでしょう。たぶん、断片
に過ぎないのだから、たいした意味はないような・・・・・深海魚すら住めないところは、まだ
未知の領域・・・・・などなどイメージしました。時間は形而上学でも問けないし、僕の脳みそ
では、直線的な時間の概念と多次元的な時間の概念がただ入り交じり、朦朧としている。
すっきりしたくても、すっきりできない。これは無常なんだろうか?

Re: No title

hidekiさん、
記憶をアートに?って思って見てみたら、なるほど漂流物のことだったんですね。
「記憶ー打ち上げられた時間」っていうのは単なる思いつきですが、漂流物が海岸にたどり着くまでの過程を想像すると、あながち的外れでもないかななんて思いました。

Re: No title

CHIBIさん、
ありがとうございます。
なんとなく直感的に撮ったんですが、こういうイメージですよね。
イメージっていう基本的な部分で共感していただけるとうれしいです^^

Re: 漂うもの

sumitoさん、
時間って考えれば考えるほど、分からなくなります。
って、実はあまり考えてなかったりするんですが…
でも、感じることはできるわけで、昔ちょっとだけ読んだベルグソンも言ってたような気がしますが、それは流れじゃないかと。もちろん、感じられる時間、主観的な時間について言っているわけですが。時間を意識って読み替えると分かりやすいですかね。自分の心の中を観察すると、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、一箇所にとどまることがありません。大まかな方向性すらない場合も多いので、流れっていうより単なる動きかも。そういう動きを通して時間ってものを感じているような…直線的な時間とか円環的な時間の概念みたいな話はもっともっと抽象度の高い話ですね。で、意識=動き・流れから考えると記憶ってそういう動きが静止・固定化したものかなと安易に考えたのでした。
写真を撮り始めたとき、はっきりとしたテーマがあったわけじゃないんですが、時間とか記憶とか、そこに生まれる懐かしさっていう感情とか、そのあたりをぐるぐる回っているのが自分の写真とコラージュかな、なんて思ったりもします。




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J.-P. Kuak

Author:J.-P. Kuak
空想写真家、ノラ猫写真家、コラージュ作家。懐かしいものや鉱物も好き。

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