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水中睡眠と目覚まし鳥

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水中睡眠と目覚まし鳥
撮影:PENTAX K-7, DA 35mm Macro Limited


すいちゅうすいみん
(表記) 【水中睡眠】
(英) aquasomnia
(分野) 文化人類学

アブサディア国の人々はいつも眠たい顔をしているが、これは彼らが一様に睡眠不足の状態にあるためだ。彼らは湖や穏やかな内海など水中で眠ることを習慣としている。ぐっすりと眠ると溺れてしまうため彼らの眠りは必然的に浅いものにならざるを得ない。そんな彼らの必需品かつ愛玩動物は「目覚まし鳥」(wake-up bird)である。種類は何でもよいのだが、彼らは就寝の際に一羽の小鳥を頭に乗せる。この鳥はよく訓練されており、主人が深い眠りに陥り体が水中に沈みそうになると、嘴で頭を突いて注意を促してくれるのだ。目覚まし鳥にはアブサディア人たちは多額の出費を惜しまず、専門の雑誌や週間人気ランキングまで存在する。また、この鳥は彼らの慣用表現にもしばしば登場し、例えば「ご機嫌いかが」の意味で「あなたの目覚まし鳥は元気ですか」という言い回しをする。

彼らの神話によれば、水中で眠る習慣の起源は神の懲罰だという。アブサディア人の信仰する神は彼らと動物を区別するために彼らに言葉を与えたが、この神の言語は完璧な文法と語彙を持っており、森羅万象を正確に言い表すことができたという。神はこれをアブサディア人に与える際に、言葉の完全性を汚さぬよう、具体的には常に正確な言葉遣いを心がけるよう念を押した。しかし人間とは不完全な存在、アブサディア語は使われるうちにどんどん変化して、不完全な人間にとって扱いやすい曖昧で不正確なものに堕落していった。神がこれを見過ごすわけはなく、天上で人間に言葉を教えたことを半ば後悔していたそうだ。記憶するには複雑すぎるが数学的ともいえるエレガントな活用体系を勝手に端折って無残なものにしてしまったことも腹立たしかったが、何よりも神が嫌ったのが喩え(暗喩・メタファー)であった。言葉の正確さという点からは、これはまさしく神への冒涜であった。なぜならそれは事実と反する嘘だからだ。例えばある人が「神は私の太陽だ」と言ったとすると、神をその被造物の一つに過ぎない太陽という物理的存在と同一視していることになるが、これはどう見ても事実ではない。神は最初、喩えで話すことを一切禁止しようとしたが、すぐに不可能だと悟った。それなしでは成り立たないほど言葉の中に喩えが浸透していたのだ。そこで神は象徴的な懲罰として、水中睡眠を命じた。これはアブサディア人たちが眠りに関して「浅い眠り」とか「深い眠り」と表現するのを、喩えのばかばかしさの代表として取り上げたものである。すなわち、眠りが浅いときは意識が残っているので、水中で浅い位置に浮いていられるが、眠りが深いときは意識がなくなるので、深く沈んでしまうという、いわば現実をメタファーの字面の意味に同調させることで、その不条理さに気付かせ、言葉の正確さに目覚めさせようと意図したのである。


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テーマ : アートな写真
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コメント

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こんにちは。
聖書にある“はじめに言葉ありき”ではありませんが、現代ほど言葉が手垢にまみれ
本来の言霊から堕落した時代はなかったのでは?などと考えてしまいます。
新刊本も触手が動かず、文壇の大御所も世間に染まって、文学賞受賞作品も読む
前から面白くないと感じてしまう、阿呆な自分がいます。それでも“目覚まし鳥”の
呪縛から解き放たれていない私・・・・だけど時々ドキッとする素人の言葉・・・・・
イルカや鯨と話せたジャック・マイヨールは、70代にて自殺。何だか分ります。

Re: 神

sumitoさん、
今の時代の「ことば」について個人的に一番気になることと言えば「断片化」です。
まぁ、ブログとかtwitterもその一つでしょうが・・・
時間をかけて言葉の世界を構築して行くより、思い付きを勢いで言葉にしたような表現が好まれるようです。あまり悲観的になるのも嫌なので、できるだけ善悪で判断せずとりあえずよく観察してみようという姿勢なのですが、新刊本に手が出ないという点に関しては全く同感です。

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J.-P. Kuak

Author:J.-P. Kuak
空想写真家、ノラ猫写真家、コラージュ作家。懐かしいものや鉱物も好き。

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