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星箱

ほしばこ
(表記) 【星箱】
(英) star box

星箱というものを見つけたのは、10年ほど前、出張で頻繁に訪れていた関西の地方都市N市の古本屋でのことである。いつも5時に得意先での仕事が終わりホテルに戻ると暇を持て余すことが多く、よく街を散策していたのだが、不思議なことに駅前アーケードの外れにある古本屋にはその日まで気付かなかった。その店は入り口一間ほどで奥に細長く、突き当たりに主人が鎮座しているという古典的な形態で、その主人は意外に若く30代半ばといったところだった。本の品揃えは特に強い個性があるわけではなかったが文学や人文科学系が比較的揃っていたように思う。

で、星箱は日本文学の棚の片隅に唐突に並んでいた。それは一辺が15cmから20cm程度の様々な大きさの四角い黒い箱で、よく見ると蓋が付いていた。一つを手に取ってその蓋をそっと開けてみると箱の底に銀河の写真が見えたのにはちょっと不意打ちを食らった気がした。他のものも調べてみると星座や彗星それに月の描かれている箱もある。意味不明のオブジェではあったが、どこか当たり前の顔をして古本たちに混じっている風情も感じられる。ふと近くの本に目を遣るとそこは稲垣足穂のコーナーであるらしい。それでなんとなく納得した。

店主に声を掛けると、私に話しかけられるとは思ってなかったのであろう、慌てて「いらっしゃいませ」と言ったのが面白かった。店主の説明によればそれは「星箱」というもので、星の光や月光のエッセンスを凝縮して箱に詰めたものだという。底面の写真はそのエッセンスとは直接は関係なく、あくまでイメージであるらしい。蓋を開けておくとエッセンスが少しずつ周囲に放射して月や星の光を浴びるのの何十倍もの効果があるらしい。

「何十倍もの効果というと?」

私がそう質問すると、こちらにやってきて箱を一つ手に取ると蓋を開けて、夜空が描かれている底面が壁のように垂直になるように、平積みにしてある大きな画集の上の置いた。そしてどこからか真っ白な鳥の羽根を取り出して私の目の前に差し出した。鳥の種類は何だろう?くるんとカールしているところが好ましく感じられる。

「この星箱の前にこの羽根を置いてお目にかけます」

凝視する私の目の前で羽根はゆっくりと浮上を始め、数十秒後にはふわふわと宙を舞っていた。

「種も仕掛けもございません」

さらに店主は続ける。

「あいにくここにはございませんが、ハーモニカやオカリナなどの小さな楽器をそばに置くと独りでに美しいメロディーを奏でます。またワインやコクテール、もちろん普通のソーダ水の類でもよろしいのですが、その風味を格段に向上させることでございましょう。読書の際に手元にあるだけで難しい哲学書の内容もたちどころに分るなどの効能もございます。また、私は確認しておりませんが、宝石を箱の中に入れておくとカラット数が僅かに増えるそうでございます」

店主の古風な口上を聞きながら、私の頭にあったのはもちろんタルホの「星を売る店」である。星を星箱に変えてこのファンタジー短編のパロディー(いやオマージュと言うべきか)を演じるこの男は相当なタルホファンのように思われた。愉快な気分になった私は3つの星箱を買って店を出た。値段は確か一つ1000円だったと記憶する。絵柄は彗星、三日月、銀河で、銀河からは巨大な手が出現してマドラーのようなものでコップの中身をかき混ぜていてちょっとシュールな雰囲気だ。これは飲み物によく効くというマークだと勝手に解釈した。ホテルに戻って星箱の包みを解くと一枚の名刺が入っていた。星座をあしらったその青い紙片には「星月塔商會」と書かれていた。古本屋ではなく星箱の製造元の名前であるらしい。

この手の込んだジョークを信じたわけではもちろんなかったが、東京の自宅に帰った私は、手芸用品店で小さな袋に入った羽根を買ってきて星箱の前に置いたり上に乗せたりしてみた。浮遊はしなかった。また、たまに部屋で酒を飲むときにはその味覚上の効果を確かめてみた。しかし、普段あまり飲まない私はそもそも酒の味ってものが良く分からず、あまり意味はなかった。それでも星箱を机の上に置いて過ごす無為な時間はある種の贅沢のように思われた。不思議だったのは星箱を出しておくといつのまにか蝶々が来ていることが何回もあったことだ。私には微妙すぎて感知できない星の光線のエッセンスを感じて、それに惹きつけられたのかもしれない。そう考えると星箱は本物だったようにも思えてくる。その後何回も引越しを繰り返すうちにどこかに行ってしまって今はもう手元にないのだが…「星月塔商會」の住所(東京の北の外れの馴染みのない地名だった)には一度訪ねて行ったことがあるが、雑草が生茂る空き地があるばかりであった。そうなると唯一の手がかりはN市の古本屋であるが、まだあるのかないのか、敢えて調べないでいる。なんだかすべてを曖昧なままにしておきたくて。



IMGP2293-1.jpg

星箱
PENTAX K-7, TAMRON SP AF Di 90mm MACRO


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テーマ : アートな写真
ジャンル : 写真

コメント

非公開コメント

こんにちは。
J.-P.Kuakさんの文章を拝読していて、蘇った記憶があります。
昔、一年に一度だけ、決まった時刻に、鏡と鏡を向き合わせて机に置き(距離は1mくらい)、
悪魔が出てきたところを捕まえる、という儀式に挑んでみました。「きっと悪戯好きな、ちっちゃい
やつなんだろう」と思って、虫捕り用の網を構えて待ちました。その時刻が訪れるまで、色んな
ことを想像しました。「神の世界じゃ悪魔なんて格が低いのだから、体の色はそれ相応だ」とか
「捕まえたあと、どうしようか、飼育できるのかな」とか「魂を食べるのかな」などなど考えている
うちに、興奮してきて・・・・・・・・今では、《波動》だと思っています。自分の波動が何かに引き
寄せられたり、引き寄せたりするような・・・・・・・星箱のなかには、波動体が蓄積されているの
かも、宇宙の人のイマジネーションの波動の翼が飛び立ったとき、その美しさに圧倒されたい
ものです。長くなって、済みません。

Re: 鏡

sumitoさん、こんにちは。

> 昔、一年に一度だけ、決まった時刻に、鏡と鏡を向き合わせて机に置き(距離は1mくらい)、
> 悪魔が出てきたところを捕まえる、という儀式に挑んでみました。
この話は私も聞いたことがあります。星新一のショートショートで読んだような気もします。
さすが実践派のsumitoさん、実行されたんですね。
頭でっかちで読んで「ふ~ん」って思っただけで自分で試すと言う発想がなかったです、私には。
何だか、そういう違いがsumitoさんの世界を豊かなものにしている気がします。
悪魔に関する想像も面白いですね。
「星箱のなかには、波動体が蓄積されているのかも、宇宙の人のイマジネーションの波動の翼が飛び立ったき、その美しさに圧倒されたいものです。」
sumitoさんのイマジネーションに私は圧倒されております^^
いつもありがとうございます。


No title

J.-P. Kuakさん

空想語辞典を興味深く読ませていただきました。
とても素敵です。
リンクさせていただけませんか?

Re: No title

小坂裕明さま

拙い写真といい加減な文章を見てくださって、ありがとうございます。
特に文章は書くことに慣れてないので、自分でも今ひとつだなぁ、という感じでお恥ずかしいのですが。
リンクの件了解です。どうぞよろしくお願いします。
小阪さんのブログもゆっくりと拝見させてください。

No title

J.-P. Kuakさん

ありがとうございます。リンクさせていただきました。

素敵な文章だと思います。
星箱の話は本当だと思って、「星月塔商會」をグーグルで調べてしまいました(笑)
星箱が欲しくなったから!

過去の記事を拝読して、これはJ.-P. Kuakさんの独特の空想だとわかりました。
素晴らしいイマジネーションです。

写真作品も物語を表現していて、説得力があります。
これからも素敵な空想を続けてください!!

Re: No title

小坂裕明さま

お返事が遅くなりましたが…
> 星箱の話は本当だと思って、「星月塔商會」をグーグルで調べてしまいました(笑)
あ、そうなんですか!お手数を掛けてスミマセン(笑)
でも、うれしいですね!作者冥利に尽きます。
「星月塔」というのは昔の言葉で「プラネタリウム」のことだったと思います(ちょっと自信がない。いい加減な事言ってたら済みません)。
キレイなイメージですよね。

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J.-P. Kuak

Author:J.-P. Kuak
空想写真家、ノラ猫写真家、コラージュ作家。懐かしいものや鉱物も好き。

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