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頁の上の形の戯れ

個展に来てくださった方と話していて話題に上ったのですが、写真と映像(映画)って一見似ているようで実は全然別物のように感じます。大雑把に言うと映像には写真にはない時間の流れがあります。時間の流れがあるところ人間は「物語」を要求します。随分以前、リサイクルショップで小さなビデオレコーダーを買って、ちょっとした日常の心惹かれるシーンを撮ってみようと思ったことがありました。例えばやって来る自動車のヘッドライトが次から次へと壁に光と影のパターンを映し出していく光景。単純に視覚的に美しかったのですが、そんな映像が延々と続くのは退屈なのでした。そこには現象や表層のみで伝えるべき意味内容や深みがないから。時間軸上で展開する意味内容を物語と定義すれば、即ち物語がないからということになります。

写真を見る場合、人はもうちょっと親切で、勝手に物語を読み込んでくれます。写真家は物語の断片を作品に忍ばせるだけで十分なのです。さらに言うと、意味とかメッセージとかが全くない表層のみで成立する写真、視覚上の戯れのような写真があってもいいと思います。例えば、北園克衛の写真「プラスティック・ポエム」はその最も成功した一例でしょう。

写真を撮っていると、いつの間にか意味に囚われているときがあって、そういうとき「意味」ってある種人間にとっての牢獄のような存在かもって思います。時々は無意味な写真を撮って、頭の風通しをよくしないとね。

なおここで書いたことは現在の視点からの一般論で、例えば映画が初めて登場したとき、そこには物語りなんてものはなくて、観客は例えばホームに滑り込んで来る機関車や工場の正門から出てくる労働者の群れ、そんなダイナミックな「動き」の視覚的なリアリティに圧倒されたようです。


IMG_0621-1.jpg

頁の上の形の戯れ
CANON PowerShot G11


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テーマ : アートな写真
ジャンル : 写真

コメント

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狂気

こんにちは。
遅くなりましたが、暑中お見舞い申し上げます。
こちらは、屋内でも体をあまり動かさないパソコン作業などでしたら
汗は出ませんが、屋外作業は汗だくになります。自然なことですが。

写真家でしたら個人的には土門拳氏が好きです。作品が頭に焼き付いて
離れません。意味を考えたことはまだ浅いのですが、何か意味や詩情を
超えて迫るものがあり、きっとそれは魂としか僕には云えないのですけど。

刺激が欲しいから、人生の潤滑油のような感じで色んな世界を見たくなります。
そして今から明日を見ている自分は40代に突入してから消え去り、以降ずっと
死から今を見るようになりました。残された自分の時間、自分の人生、そのこと
が頭から離れなくなってから、以前と何かが変わって来ました。物語のなかに
いるというより、物語を俯瞰しているような遊離した感覚ですが、これもまた年を
取ると変わるものなのでしょうか?肉体はとても正直です。

No title

そう、初めてのことって刺激的ですねぇ

でも、人間という生き物が想像したり考えたりしていることって実はちっぽけなことで・・・宇宙にはもっともっと凄いことがあったりして・・・

新しい太陽が見つかったりしているし・・・そのうち時空間移動もできるかも、いつでも好きな所へ行けるようになるかも・・・

Re: 狂気

sumitoさん、
お返事が大変遅くなってすみません。
相変わらず、と言うより以前にも増して暑い毎日ですがお元気でしょうか?
部屋を少し整理して窓が開けられるようになりました(笑)

土門拳氏について「何か意味や詩情を超えて迫るものがあり、きっとそれは魂としか…」と書かれている部分は私も同感です。その魂は安易な意味付けからではなく、被写体の描写に徹したところから生じているように感じます。私は「空想写真」なんてものを撮っていますが、写真の力は現実の克明な描写にこそあると感じています。

> 今から明日を見ている自分は40代に突入してから消え去り、以降ずっと
> 死から今を見るようになりました。

色んなことを考えさせられました。今も考えているのですが、一つだけ書いておくと、歳を取るにしたがって「記憶」が「思い出」に変わる時間が短くなった気がします。数ヶ月前のことがとても懐かしく感じられます。
sumitoさんのコメントからはいつも考えるきっかけを頂いている気がします。ありがとうございます。

Re: No title

hidekiさん、お返事が遅れましたがコメントありがとうございます。

> でも、人間という生き物が想像したり考えたりしていることって実はちっぽけなことで・・・宇宙にはもっともっと凄いことがあったりして・・・

そうですね、この感覚は大切ですね。
人間は考える動物で、考えてると自分の考えだけが肥大化して、現実から遊離しがちですよね。
どこかで客観的に「宇宙の中のちっぽけな存在としての人間」という認識を持っていたほうが、何というか、健全な気がします。

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J.-P. Kuak

Author:J.-P. Kuak
空想写真家、ノラ猫写真家、コラージュ作家。懐かしいものや鉱物も好き。

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