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越境者

てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた

という安西冬衛の有名な一行詩がありますが、蝶々にはいつも何かの境界線を越えていくイメージがあります。ここからここでないどこかへ。人間の引いた線なんか軽やかに横切っていく自由と優雅。少し前のことになりますが、はなさかすーさんが「人間がつくる線」と題して記事を書かれていて大いに共感するところがありました。( 記事はこちらから→ http://sumito1964.blog41.fc2.com/blog-entry-187.html )私の言葉で蛇足を加える必要はないでしょう。ただ記事に触発された写真作品をここに掲載し、ささやかな「連帯」(大げさかな?)の印としたいと思います。


100926bf.jpg

越境者
PENTAX K-7. DA 35mm MACRO Limited


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テーマ : アートな写真
ジャンル : 写真

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連帯

J.-P.Kuakさん、こんにちは。

「連帯」と聞きますと、ポーランドとアンジェイ・ワイダ氏を思い出します。
アンジェイ・ワイダ監督の「地下水道」は若者時代とても感動したことを
憶えています。あんな悲惨な状況に比べれば、まだ日本は恵まれて
いますので、今ならまだ間に合う気がします。以前、J.-P.Kuakさんが
書かれていた『当たり前のことを、当たり前に出来る社会』を目指して
「連帯」していきたいものです^^ありがとうございます!感謝。

てふてふのこころと行動に乾杯!!

Re: 連帯

はなさかすーさん(さらに「さん」や「さま」を付けた方がいいのでしょうか?)、

世の中がだんだん窮屈になっていってる気がします。
「我々」と「奴等」という二分法で線を引いて「奴等」を排除する。一方「我々」の内部では過度の同一化が要求される。そんな図式でしょうか。自分はどうしても他人からずれてしまいがちなので、もう少し寛容さがあってもいいと思います。本で昔(戦前)のことを読むと、政治的には今と比べ物にならないほど不自由で、人々の価値観も画一的ですが、なぜかある種の寛容さや自由を感じます。とんでもなく個性的な人物(変人ですね)がもっと普通にいたような印象を受けるんですね。世の中、もっと正確に言うと人々の心に良い意味でのいい加減さや余裕があったのかもしれませんね。今は価値観の多様化と言いながら、みんな他人と横並びになることに疲れて余裕を失っているように感じます。自分に何ができる?という部分はありますが、おかしいなと感じたことはおかしいと表明する、それぐらいはしなくちゃと思います。ことばは人と人をつなぎ、つながりが力になる、少なくともそういう可能性があるからです。

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J.-P. Kuak

Author:J.-P. Kuak
空想写真家、ノラ猫写真家、コラージュ作家。懐かしいものや鉱物も好き。

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